「辰吉丈一郎」と17周年

2年前の春、小学校を卒業したばかりの子が入会しました。

 

「辰吉さんが好きです。」

 

今をときめく井上尚弥ではなく、辰吉丈一郎が好きだといいます。
嬉しくて、色色と話してきました。

 

練習の合間や練習前後の空き時間、僕が感じてきたことなどを
話します。
歴史は正しく伝わりません。
どこかで歪曲するものです。

いじめに参加していた癖に不参加していたことにして微妙に
安全側に立場を入れ替えるといったことが分かりやすいでしょうか。
日常茶飯事だと思います。

何かあってから気づいていた癖に気づかなかったと云う教師も
同じです。

 

こんな最近のことが正しく伝わっていないのなら歴史上の
数数の出来事も間違いはあるのだろうなと思います。

 

「ピラミッドは人間が作ったものではない。」

そういうと、

「じゃ、宇宙人が作ったとでも云うのかよ。馬鹿じゃねぇの?」

中学生の頃によく馬鹿にされました。
教科書が書き換えられたらそれを鵜呑みにして逆を馬鹿にするのです。
そういう人たちは。

 

自分の考えを持つこと、自分自身を持つこと。
そういうことをよく話しました。

 

「ざまぁみろ!」にも記しましたが、16歳になったばかりの頃かなと
思います。
前年、15歳でデビューしたものの現実は何ら変わっていないと思えた
自分自身とその周りでした。

 

キックボクシングには専門誌などありませんでした。
発売日に書店にボクシングマガジンを買って、でも、我慢出来なくて
公園のベンチに腰掛けて開きました。
高揚しながら試合の試合を眺めてページを捲ると、夕焼け色に染まった
モノクロの見開きのページに僕の気持ちが止まりました。


「この男は上がってくるな。」

そんな予感がしました。


時が立ち、古い号を処分してもその号を含む幾つかは捨てることは
しませんでした。
僕の予感は当たりました。

数年後、辰吉丈一郎が日本中を賑わせます。

僕が知った紙面は、まだプロデビュー前の初めての紹介だったように
思います。

 

僕は自分の予感が当たったことが誇らしく思えました。

ずっと大事にしてきましたが、それを知らない若者に数年前に
差し上げました。
その為、僕の手元にはなくなってしまったのですが、でも、
その頃の自分の気持ちも失くしてしまったような気がして
探しました。
古本を扱うその店で再び手に入れることが出来ました。


でも、

 

「これ、あげる。」

でも昨夜、練習に着た中学生にその号をあげました。
中学生が辰吉丈一郎が好きだというその気持ちが嬉しいでは
ないですか。

 

ちゃんと伝わっていない当時の世の中や僕が感じてきたことを
この2年半、よく話しました。

 

彼がそれを観てどう感じたのかは分かりません。

「自分の価値観を周りに合わせないでいいんだからね。」

 

ここから先はnoteで。

 

 

 

昨日で当ジム、17周年を迎えました。

何かをするという訳でもないですが、色色なことを思い出します。

警備員時代の時のこととかが一番多いのはきっと、ジムの目の前に
現場だった店の跡地があるからでしょう。

コンビニの倉庫や他の出来事なども思い出さない訳ではないですが、
でも、圧倒的に多いのはやはりそのせいだと思います。


記憶のことなどは昨日noteに綴りました。
誰ともドローになったことがありませんので、なので、
自分だけの感覚などと偉そうなことは云わないにしても
少ない部類なのかなとは思います。

 

瞬時にして記憶が遡る、それを僕はお散歩と称しています。
お散歩に出かける際、その日その場所の情景や臭いまで目の前の
視界に広がり、蘇ります。

 

これは長い期間、減量という真空パックに詰め込まれてきた
経験からくるものだと思います。

「真空パック」

37年前の夏デビューした頃にはまだ、そんなに出回ってはいない
頃でした。
36年前の春とドローです。
でも、その頃から使っている語彙です。

減量したことがある方なら解ると思います。
その減量期間中、時間ごと詰め込まれているかの様な錯覚に陥る、
そういう感覚なのです。

そう考えると、10年近くの年月を真空パックの中で過ごした
ことになります。
でも、普段から試してきた側なのでもう少し長い期間かもしれません。

 

この真空パックをきっかけにした特別な感覚は、自分だけのものとは
云わないにしても、少ない部類なのかなとは思っています。
前述した通り、誰にも同意をえたことがないからです。


これまで一度も思い出したことがない、記憶に留めた意識すらない
些細な出来事を思い出すことがあります。

著書「ざまぁみろ!」に記した記憶のパズルとはそんな経緯から
生まれた語彙です。

いつ何時の記憶が100%明確に蘇るのだとしたら、そんなことを
よく考えてきました。
こうやって記しながらも一度も思い出したことがない景色を思い出し
ています。

 

面白いなと思います。

 

減量という特殊な、それと試合前という特殊な危機感から来るものなの
だと思います。

はじめは何のことか分かりませんでした。
でも、あまりにも続くので周りの理解は得ず、自分だけのこととの解釈に
なっていきます。

 

お金にならないことなので、仕事にはできませんが、なので、
いつも1人で楽しんでいます。

ジムを開いて17年という期間、パラパラ漫画の様に蘇ります。
パラパラ漫画が分からない若い世代の方がいらしたらご自分で
調べてください。

間借りした場所、警備員時代、市橋達也の事件、コンビニの倉庫、
田村潔司のセコンドの数数、控室での会話、通路での緊張の出来事、
藤倉悠昨との数数、アルンサックとの会話、そういったことが
瞬時に順不同で脳裏に上映されるのです。
全く関係ないのに1・2歳の記憶に留めたこともない、思い出した
ことすらない昭和の47年頃の国鉄大塚駅駅前で母に連れられて
徘徊する光景も。
昨年、タイで15歳でデビューしてから36周年の日に
巣鴨駅前の闘道館で「51の夜」というトークイベントを
行いました。

当時、15の夜を聴いて自分を鼓舞したという過去と、51歳の
昨年の僕の年齢をかけたタイトルなのですが、それはさておき
何かフラッシュバックするかなと期待して足を運んだのです。
大塚駅と1駅ですし、幼少期から親の口から「巣鴨駅」という単語はよく耳にして
きたので。
でも、その日は出てきませんでした。

 

 

 

noteの映画な話のマガジンにも記したことがありますが、
「ルーシー」という作品が好きです。
全然ヒットしなかった作品ですが、凄く興味深い内容です。

作品そのものも、もっと掘り下げたものにして欲しいという
気持ちもありましたが、でも、意外とそこに大衆は関心がないのかも
しれないなとも思いました。

大好きな作品です。

 

記しながら今、初めて会ったハワイへお散歩に出かけました。

1994年、僕は22歳で丈さんは24歳です。

岡山での話、右肩の毛の話、深夜に部屋にかかってくる無言電話、
などなど、早朝の部屋に蘇り、僕はそこにお散歩に出かけます。

 

「ルーシー2」、リュック・ベッソン監督が作ってくれたら是非とも
観たい1人です。

 

 

昨日は17周年ということもあり、なので、普段ならこちらではなく
noteの方に記すであろうような日記をこちらに。

 

本日は定休日です。

19時からゴールドジム本八幡店でスクール指導です。

3時間あぐらをかいて座っていたので、横になります。

 

 

6月1日(キッズのみ指導)・2日・8日は今のところお休みの予定です。

ただ、2日はアマチュア大会にキッズのみの出場のため
夕方から行うかもしれません。
8日は夕方まで行うかもしれません。
追ってお知らせします。

お知らせ


無料体験は現在やっておりません。
ビジター(1回3000円(女性2000円) 3回8000円(女性5000円) 
10回25000円(女性18000円))
毎日、LINEのグループで前日予約で翌日のスケジュールを決めています。
ビジターや見学等
希望の方は事前に連絡をいただけたらと思います。

その際おはLINおEの公式アカウントから、もしくは、このHPから体験の申込み
お願いします。

電話は私用のiPhoneに転送しているので時間気にせず、
気軽に問い合わせください。

047ー411ー8696

info@asshi-project.com

営業時間外、朝でも夜でもお気軽にお問い合わせください。
出れない場合もございます。
その際は再度頃合いをみておかけ直しください。


毎週水曜日はゴールドジム本八幡店でスクール指導しています。
そのため定休日です。
スクールの体験は無料です。
ビジターチケットも販売しています。

お気軽にお問い合わせください。
ゴールドジム本八幡店
047−320−2525